管理者のプロフィール

※2020年1月~通算6年目の中国・北京市在住中コロナに見舞われ緊急帰国しました。

2人の女の子の母。

自らも帰国子女、留学生、駐在員だった経験を踏まえ、海外で暮らすことや語学学習についてブログを綴る日本語・英語・中国語のトリリンガル。

エンタメ情報は暇つぶしのお供に(^^)

略歴

名古屋市生まれ。転勤族の家庭で育ち、入学した学校を卒業したのは大学が唯一。11歳から16歳までの約5年間をアメリカで過ごす。高校1年生の秋に日本の高校へ編入学し、日本の大学に進学。英語以外にもう一言語話せるようになりたいと、在学中1年間休学し、北京へ語学留学。

大学卒業後はメーカー勤務。当時本格進出したばかりの中国市場に携わる。30代前半に駐在員として北京の子会社に3年間勤務。帰任後は日本でかなり激しめのワーママライフを送るものの、夫の駐在に伴い16年間勤めた会社を退職し、三度北京に舞い戻る。

北京在住歴通算6年目の2020年にコロナに見舞われ緊急帰国。

現在は会社を離れフリーランスのコーチとして個人/企業クライアント様のサポートをする傍ら、自らの経験をもとに海外生活に関するブログを発信中。

中国とのつながり

きっかけ

私が中国とのご縁を持った最初はアメリカに住んでいた中学/高校生時代。仲良しの友人に台湾/香港系の友達が何人かいて、『中国語』の持つ面白い音感に興味をもっていました。

アメリカから日本に戻り、とあるきっかけで日本と中国の高校生の交流ということで中国に1週間派遣されたのが運命だったかも!その時回ったのは上海、南京、西安、北京。

かなり駆け足の1週間でしたが、その時感じられた熱気やパワー、戦争の爪痕の負の面など私にとってとても考えさせられる旅になったのです。

初めて北京に住んだ留学生時代

大学生になり、3年次の時に北京に語学留学しました。今でも「留学」と言えば欧米が当たり前の時代、なぜアジア圏?しかも中国大陸なんかに!?ということは当時からもよく言われました。

本当にしょうもない理由なのですが、ちょっとあこがれていた先輩が北京留学から戻ってきたところで、「私も○○さんみたいになりたい!」というミーハー心がきっかけで、気づいたら北京の空港に降り立っていました。

年齢がバレますが、私が北京に留学していたのは1999年。中華人民共和国成立から50周年という節目の年で、目の前でいろいろなことが起こりました。昨日まであった野菜市場が翌日がれきの山になっていたり、町中で新しい道路やビルが埃を巻き上げながら作られてゆき、新しい町に生まれ変わっていく、そんな姿を肌で感じながら、貧しいながらもこれからの発展にみんな希望を持っていた時代でした。

駐在員として暮らした2度目の北京生活

会社に入ると、中国市場を担当する部署に配属されました。2000年代初頭は中国なんて、誰も見向きもしない弱小市場でした。ところが、そこから市場は爆発的に拡大し、現地の生産拠点も構え、中国の存在感は欧米と肩を並べるまでに。

毎月のように中国出張をしていましたが、2010年代初頭、いよいよ駐在員として北京の子会社に派遣されることになりました。今思えばこの時代が一番中国が自由で可能性に満ちた時代だったかもしれません。色々な国からの投資が入り中国は本当に潤っていました。

巨大なマーケットを求めて、世界中の様々な文化や食、ファッションがもたらされてくる一方で、昔ながらの「老北京」と呼ばれるローカル文化が混沌と混ざり合い両方が私の生活の一部として存在するとても刺激にあふれる毎日でした。

経済は右肩上がりで、規模も大きく注目度も高いこともあり、仕事も楽しく、中国人の同僚や日本人駐在員皆が、この国が持つ可能性を信じていました。

駐在員妻として暮らした3度目の北京

駐在から帰任してから、私は日本で子供を持ちワーママとして働いていましたが、今度は夫が北京駐在に決まりました。また北京かよー!となりましたが、勝手知った楽しい思い出の場所でもあり、中国人の友人も沢山いたので古巣に戻る気持ちで、今度は子供たちも連れて北京に渡りました。

柔道家の谷亮子さんに倣っていうならば「留学生でペキン、駐在員でペキン、ママでペキン」というかんじでしょうか(笑)

母として暮らすことで全く違う視点から北京を見ることができました。今回はインターナショナルスクールに子供たちを入れたので、世界中の人と同じ学校で学ぶという貴重な体験は子供たちにも私にも、とても楽しい経験でした。小さすぎて忘れてしまうかもしれないけど、心の片隅に記憶が残っていればいいなと思っています。

一方で生活は2010年台初頭と比べて、ITインフラが格段に充実したことで、タクシーや出前など圧倒的に便利になって、色々な恩恵もありつつ、巧みに全ての情報を国家に吸い上げられている不気味さを味わうことになりました。

そしてコロナが勃発。

実はそれまでも度々ヤバイ伝染病患者が○○病院にいるらしいという噂は出いていたので、すぐに収まるだろうと思っていたのですが、その後の展開は皆さんご存じのとおりです。

趣味

趣味は旅行。(大学時代からバックパッカーで、これまで訪問した国は35か国)夢は「世界史を遡る」をテーマに子供と一緒に旅をすること。早くまた自由に旅行ができる日が来ますように…

マニアック旅TOP3

1) 冬のバイカル湖

2) イスラエル・ヨルダン一人旅

3)まだ平和だった頃の新疆ウィグル自治区
  (タジキスタン国境付近)